東京高等裁判所 昭和29年(ラ)356号 決定
次に論旨二につき按ずるに、一件記録に顕われた相手方提出の疎明資料によれば、相手方等の本件建物に対する占有関係はいずれも一応の疎明ありとすべきである。特に相手方四海静の関係について見れば、或は抗告人所論の如き見方の成り立つ余地はありうるかもしれないが、さりとて相手方静と執行債務者四海民蔵との間に単に親子関係の存する一事により、直ちに同相手方の占有を全然否定し去らなければならぬものでもなく、要するに右相手方主張の当否は本案異議訴訟において当事者が互に立証を尽して明かにすべきところである。原審裁判所がこの程度の疎明資料に基き、相手方の申立を容認して本件強制執行停止決定をしたのは、必ずしも不当というべきではない。論旨は理由がない。
(抗告の理由)
二、相手方等の本件申請は、本件建物の旧所有者である四海民蔵が夫子自らの占有を偸安するため故らに作りごとをして策動しているに過ぎぬものであるが、就中相手方静の場合は極めて極端なものであつて、その作りごとであることが誰の目にも判り、誰が考えても肯定出来るものである。乃ち右静は右民蔵の長男であつて(乙第一号証)父たる民蔵と共同してその主張部分を占有しているものである(乙第二号証)。凡そ父子共同して同一建物内に居住し乍ら、疎第三号証の二のような賃貸借契約書(しかもこの契約書は全くの例文的他人行儀の辞句で埋められている)を差入れたり、疎第六号証の一のような家賃領収証を取交せたりすることは、日本人の社会生活(従つて社会通念)に無いことであつて、右疎明書類に疏明力が皆無であるのは客観的絶対的であり、従つて右民蔵作成の証明書が疏明的価値を欠缺していることも亦決定的なものである。執行実務の熟練者である執行吏が右静の独立占有を否定しているのも(乙第二号証)又宜なるかなと謂うべきである(しかも執行吏の上如否定は誰が考えても偽物であること明かであるが前敍の賃貸借契約書家賃領収証か現われる前の段階のものであつてその先見的明は賞讃さるべきであろう)。然らば相手方静の本件申請には民事訴訟法第五四九条第四項に依つて準用され同第五四七条第二項の要求する事実上の点についての疏明は何も無いことに帰着し、同人は建物所有者たりし父民蔵の占有に従属し本件引渡命令に服従すべき地位にあるものであり、又その他の相手方等の主張と疏明も亦一連の作りものであることは推して知るべきだと思料する。執行停止制度を悪用し強制執行の実効力を麻痺させることが近時風潮化してきているものであるが、これを制御して合法律的な本来の線に復元させることは、法実務家の重要な任務だと思料する。相手方静は前記民蔵の子であることを故らに秘して申述せず、原裁判所をしてその疏明資料の疏明力を誤信させた疑いがあるものである。要之本件相手方等の停止決定申請(鮮くとも相手方静の本件申請)は却下さるべきものである。